熊本から小倉へ至る豊前街道は、山鹿市にもその足跡を残す。小高い山鹿中心部、街道沿いに芝居小屋が建っている。八千代座だ。小屋というには失礼なほど大きい建物である。延べ面積1487.4㎡だから、450坪を超える規模だ。現在の定員は650人、ちょっとしたホール並みである。
入母屋の屋根、木造の建屋は重厚な瓦に守られ、正面から臨めばその構えに感嘆する。1910年竣工であるからすでに100年を超えて現在にある。屋根の骨組みはトラス構造で、柱を多く立てずに広い空間を確保している。入口は板戸で、料金を支払う窓口が残されている。
屋内に入ると廊下が左右に走る。床は深い飴色の無垢板で補修の跡がみられる。補修は最小限に留められているようだ。欠けた部分のみを欠けた形に従い丹念に補修している。あらゆる木の補修はこの手法で行われているようだ。
客席に進む。華やかなシャンデリアと天井広告絵が目に飛び込む。舞台は無垢板で、回り舞台とせりがある。今でも機能する。再現されたものとはいえ、天井広告絵は眺めていて飽きない。客席は升席、桟敷席などに分かれている。床には畳が敷かれ、すべての床が舞台に向かい傾斜している。
舞台裏には楽屋が残る。天井は低く質素な造りだ。柱は太く頼もしい。演者はこちらで出番を待っていた。現在は新たに設けられた別棟の楽屋が使用されているらしい。
楽屋の側から舞台下、奈落に下りることができる。せりや回り舞台などの装置を利用した演出に活躍する。見学の際は灯りが点されているが、本番の際は暗いらしい。奈落は石積で支えられている。石積は花道の下を走る通路にもつながっている。回り舞台は人力で動く。用いられているレールは西ドイツ・クルップ社製だ。
八千代座は1996年から大がかりな補修が行われ、2001年に現在の姿を現した。先人の技術力と現代の技術者たちの補修力が結実した姿に敬意を表したい。
見学の際に料金を支払う場所は芝居小屋の向かいに建つ蔵跡だ。この建物内部には資料が展示され、八千代座の歴史に触れることができる。近年興業が行われてきた坂東玉三郎に関する品々も並ぶ。
山鹿は湯処。中心街にも多数の温泉が湧く。明治、大正、昭和と、働く体と心を癒すため多くの人々が歌舞伎と温泉を楽しんだのだろう。競争に追われ続ける現代人を八千代座はどんな思いで迎えているのだろう。
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八千代座
熊本県山鹿市山鹿1499
0968(44)4004 HP
竣工:1910/12
設計:木村亀太郎(説明文による)
国指定重要文化財
現役の芝居小屋
見学可:520円
営業:9:00~18:00
休:第2水曜日、12/29~1/1
撮影:2015/7/19