旧小林理髪舘(青い理髪舘)

島原城の周囲には学校、住宅、公共施設などが建ち並び、整備された町並みがよそ者を穏やかに迎える。散策が似合う風情だ。



城の堀沿いを巡る道から案内板に従い島原駅方向へ下りはじめる。ほどなく右手に水色に塗られた建物が目に入る。下見板張りで外装をまとった姿は日本住宅にはない華やかさがある。現在はカフェとして活用されている。



玄関上部には飾りが施され、大正モダンの風が島原にも届いたことがうかがえる。窓は上下させて開閉する方式で現代では見ることのない機能とデザインだ。見た限りにおいて窓も玄関の扉も木製が維持されている。



建物の歴史は工房モモのサイトで知ることができる。建物の名前が示すように理髪店として活躍したようだ。一旦は解体の危機に直面したが、地域の保存活動によって今日を迎えているらしい。




訪れた日カフェはたまたま休み、館内を見学することはできなかった。機会を作り館内の風情にも触れてみたい。




青い理髪舘
長崎県島原市上の町888-2
竣工:1923年(島原市HP
見学:外観は可能
現在カフェ(工房モモ)として営業中
登録有形文化財
撮影:2017/10/31

嬉野橋

嬉野温泉街を流れる塩田川に架かるトラス橋の名は嬉野橋、1927年に竣工した。シーボルトの湯はその袂にある。



2011年から2012年にかけて改修されたようだ。名村造船所が請け負っている。銀色に塗装されたトラスは7つの辺で構成される。古さを感じさせない。




鋼材にはヤワタの文字が刻まれている。八幡製鐵所が施工した橋梁であることが分かる。90年の時を重ねても現役の車道として温泉街と茶畑へ続く岩屋川内をつなぐ。



関心を寄せなければ大正生まれの橋梁が平成の交通を支えていることに気付きもしない。かつて古湯温泉と呼ばれシーボルトの湯としてよみがえった公衆浴場と嬉野橋は嬉野温泉の近代史を語る主人公のように思える。




温泉公園からは対岸に佇む井手酒造の建物が見える。はかま腰屋根、銅板葺きの庇、どこかしらモダンなデザインに惹かれる。見る限り長い年月を経た建物だと思われる。



シーボルトの湯、嬉野橋、井手酒造をしばらく眺めていると嬉野温泉を歓楽温泉と思っていた自らの先入観を捨て去らなければならない気がした。




嬉野橋
佐賀県嬉野市下宿乙830地先
市道下岩屋線橋梁
竣工:1927年
現役の車道
見学自由
2012年改修事業者の資料
撮影:2017/10/6

旧長崎税関下り松派出所

松ヶ枝国際ターミナル、軍艦島へ向かう船の発着点が港の風景を創る国道499号沿いに寄棟平屋建てが佇む。



屋根に設けられたドーマ窓は西欧の設計思想が持ち込まれていることが分かる。一方で建物左右に設けられた破風は日本の建築様式である。西欧と日本の建築が融合しながらも落ち着いた印象を抱かせる。設計がなせる業なのかもしれない。




正面に立つと建物は左右対称であることが分かる。黒っぽくくすんでいるが、元の壁は白壁であったと思われる。税関の派出所として建てられたらしい。





文化庁のサイトによれば、煉瓦造とある。窓の下、腰高の位置から基礎部分までは赤煉瓦が積まれている。腰から上も煉瓦が積まれているとなれば、表面は化粧していることになる。背後に回ると赤煉瓦の塀がある。年月を重ねた表情の煉瓦はオランダ積されているように見える。



掲示板に歴史が書かれている。近代化する日本の交易を支えた長崎、税関はその一日一日を見つめてきたのだろう。今も税関は地道に仕事と向き合っている。


旧長崎税関下り松派出所
長崎市松ヶ枝町4番33号
長崎市HP
国重要文化財
竣工:1898年
現在:長崎市べっ甲工芸館として活用(入場料100円)
撮影:2017/9/30

伊王島灯台・伊王島灯台旧吏員退息所

2011年3月、伊王島は橋によって車で直接乗り入れることが可能となった。伊王島には温泉リゾートが設けられている。船でのみアクセスが可能であった頃から海と自然、さらには温泉を楽しめる癒しの島である。




南欧の印象を受けるやすらぎ伊王島の施設を通り過ぎ、中央線もなくカーブが続く道を進む。案内に従い突き当りまで行くと伊王島灯台公園に至る。整備された駐車場はないが砂利を広げた転回場所に停めることができる。

整備された散策道路を歩きだすと視線の先に灯台が現れる。純白の灯台は六角形で、2003年9月に建てられている。




現灯台に隣接し六角形の石積みがある。説明版によれば、R・H・ブラントンの設計によって1870年6月に建てられた伊王島灯台の基礎部分らしい。灯台は鉄製だった。1945年8月の長崎原爆によって損壊、9年後に四角形の灯台が建築されたようだ。





灯台の周辺からは東シナ海が一望できる。天気に恵まれたなら、眺望と海の広がりに感嘆し長崎の魅力に引き込まれるだろう。

灯台から南側に続く階段を下りていくと伊王島灯台旧吏員退息所が残されている。「旧」という漢字が用いられているように役割を終え、資料館としての機能を果たしている。




寄棟の屋根には瓦が載せられている。建物細部に目をやれば、西欧風の意匠が至る所に見られる。設計者はスコットランド生まれのR・H・ブラントンで、建設当時の姿が守られているらしい。館内には伊王島灯台に関する資料が展示され、灯台の歴史に触れることができる。
各部屋には暖炉が設置されている。東シナ海に面する長崎伊王島は海風があたる場所ゆえ、暖房施設は不可欠であったのだろう。館内に入ると初老の男性が現れ灯台の歴史について説明をしてくれた。






別棟は風呂と便所である。文化財として残されている。手前の扉は風呂の入口で、五右衛門風呂が顔を見せる。建物の奥に便所の入口がある。大便器には陶器が用いられ職位によって使う場所が分けられている。一見して風呂や便所には見えない建物だ。設けられた窓の意匠には日本と欧の融合が見て取れる。



長崎市内には海外との交易や交流を刻む歴史遺産が残されている。伊王島にもまた残されていた。


伊王島灯台・伊王島灯台旧吏員退息所
長崎市伊王島町1丁目3240-1
長崎市HP
伊王島灯台
・竣工:2003年9月
旧吏員退息所
・長崎県指定有形文化財
・設計:リチャード・ヘンリー・ブラントン(スコットランド生まれ)
・施工:大渡伊勢吉
・竣工:1877年
見学:灯台は外観のみ
旧吏員退息所(記念館)は無料で9:00~17:00開館 ※月曜日は休館
撮影:2017/9/30

旧玉名干拓施設

玉名市横島支所から南進すること2km余り、やがて右手に石積みが見えてくる。延々と西へ続く石積みは明丑開潮受堤防(めいちゅうびらきしおうけていぼう)だ。
石積みは2段構成で、上部にはコンクリートが載せられている。高さは5m程度と思われる。石積みの1段目は60°ほど陸側に傾斜し2段目は陸側にやや傾き、最上部のコンクリートが反り返る構造である。延長は1500mに及ぶ。

【明丑開潮受堤防】




明丑開潮受堤防を西へ進むと樋門がある。末広開東三枚戸樋門、末広開西三枚戸樋門、末広開二枚戸樋門である。想像を覆す樋門の規模に驚く。樋門周辺の石積みは所々湾曲を描く。東と西の三枚戸樋門は名が示すようにそれぞれ3つの流れがある。二枚戸樋門は間近に見ることが可能で、2つの流れがある。
末広開東三枚戸樋門は石造りで、高さは6.7m流路幅は5.8m、西三枚戸樋門は石造り及びコンクリート造りで、高さは6.8m流路幅は6.3m、2枚戸樋門は石造り及びコンクリート造りで、高さは7.3m流路幅は4.6mである(2011年玉名市教育委員会発行「玉名市干拓関連施設調査報告書」より)。



【末広開東三枚戸樋門】


【末広開西三枚戸樋門】


【末広開二枚戸樋門】


単なる石積みにも関わらず、デザインされているかのような場所がある。東と西の樋門の間に緩やかな曲がりを描く石の出っ張りがある。管理用の階段と思われ、樋門の姿を印象付ける。樋門の角の石積みは湾曲を描く。縦のラインも緩やかなカーブを描く。まるで城壁の石積みのようでもある。機能を求めた結果として生まれた姿かもしれない。





西三枚戸樋門は1927年(昭和2年)の水害によって甚大な被害を受けたとされ、修理の状況が写真に残されているらしい。修理の詳細は不明とのこと。大がかりな修繕をされつつも3つの樋門は当時の姿を今に伝えるとされる。

樋門から西へ続く石積みは末広開潮受堤防である。堤防の切れ目から干拓地内に入り樋門を内水側から見る。

【末広開潮受堤防】


末広開西三枚戸樋門の内水は3つの流れを作り樋門を通過していく。間近に見ると、西の樋門の中心部はコンクリート製であることが分かる。明辰川の流れが東西の樋門を通過していく。現在は明辰川の堰としての機能を果たしているようだ。

【末広開西三枚戸樋門の内水側】


【末広開西三枚戸樋門上部】



3つの樋門が造られた当時は海に面していたが昭和の国営干拓事業の結果、建築当時の役割は終えている。役割を終えた堤防は壊され資材は他に転用されることが一般的ともいわれるが、偶然にも残った樋門と堤防は明治期の干拓事業を現代に知らしめる文化財となっている。

旧玉名干拓施設で重要文化財に指定された潮受堤防はほかに2か所ある。明豊開潮受堤防と大豊開潮受堤防である。4基の潮受堤防の総延長は5㎞を超える。施工に要した石などの資材量と人々を思うと、壮大な事業であったことが想像される。




旧玉名干拓施設
・明丑開潮受堤防
・末広開潮受堤防
・末広開東三枚戸樋門
・末広開西三枚戸樋門
・末広開二枚戸樋門
熊本県玉名市横島町末広ほか
所有:玉名市HP
重要文化財
竣工:1893年~1895年
見学自由
撮影:2017/9/25